遺伝子検査の結果でついに手術に踏み切った!?フェンシングサーブル日本代表の脇田樹魅選手にインタビュー

今回はフェンシングサーブル日本代表の脇田樹魅選手にインタビューしてきました!

フェンシングサーブル種目とは

ハンガリー騎兵隊の剣技から競技化した種目。フルーレとエペが「突き」だけの競技であるのに対し、サーブルには「斬り(カット)」と「突き」があります。ルールはフルーレと同様「優先権」に基づいていますが、「斬り」の技が加わる分、よりダイナミックな攻防が見られます。

引用:日本フェンシング協会HPより https://fencing-jpn.jp/about/

フェンシングにはサーブル以外に、エペ、フルーレという種目もある。

脇田選手がフェンシングを始めたきっかけ

小学校高学年の頃、地元福岡でタレント発掘事業という様々なスポーツを体験するトライアウトを受けていた。そこでフェンシングを初めて体験していたところ、たまたま現地まで来ていた代表チームのコーチに声をかけられ、本格的にフェンシングをするために中学に進学と同時に上京した。

上京してから最初はJOCエリートアカデミーの寮で生活しながら、フェンシングに打ち込み、現在は大学4年生である。(2021年9月現在)

カラダ未来図で知りたかったこと

中学から始めたフェンシングだが、元々身体の関節が弱いと感じる場面が多かった。

足首の怪我に始まり、肩がよく脱臼していたという。肩の脱臼に対しては、筋力トレーニングなどで補強することで外れにくくするような調整もしていたが、効果はあまり感じられていなかった。

手術をしたほうが良いと高校生の頃から言われていたが、いい意味で関節の柔らかさと筋肉の柔軟性が持ち味だったため、脱臼は治したかったものの、手術でそれらが固くなってしまうのも先が見えづらく怖い部分があった。

カラダ未来図では、この関節の弱さが遺伝によるものなのかどうかが一番知りたかった。

カラダ未来図を受けてみて

大学に進学し3年生になった頃、実際に検査を受けた結果、やはり関節の弱さに高リスクの判定が出た。

大学に入り筋力トレーニングの成果もあってパワーも付いてきていたが、やはり肩が気になっており、検査の結果が気持ちを後押しし手術を決意。

手術はと言うと無事成功し、若干の硬さは残ったがその後も順調だという。

 

その他には、元々持久力が苦手だったことも有り、そこを見てみると見事に速筋タイプであった。

実はジュニアのカテゴリーから大人たちと混ざって試合をするようになり、レベルが上ってきている中、試合が長引いたときの体力切れが課題に上がっていた。

わかってはいたが、まだ技術を高めることが最優先だと自分では感じており、後回しにしていた体力つくり。

最近の全日本選手権では入賞することができず、来年には卒業して社会人になるため、ちょうど今後のトレーニングの方向性を見直す時期にも入る。

今後の目標とその目標に対して取り組もうと思っていること

目標はパリ、ロサンゼルスオリンピックでの金メダル獲得。

そのためにはまずは苦手な体力つくりのトレーニングを見直し、肩の調子も見ながら技術力を高めていく必要がある。

技術面の課題としては、引き出しがまだまだ少ないと感じているため、今まで通用していたことが通用しなくなってきた今、しっかりと自分を見つめなおし、トレーニングに励まなければいけない。

とにかく自分の甘さを捨て、苦手に向き合っていくことが、オリンピック出場、そして金メダル獲得に近づくのだと脇田選手は強く感じている。

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